伝説となり、テンプレ化してしまったクソゲー

こういったレトロゲームレビューサイトを巡っている方には、
頭脳戦艦ガルと言うゲームは、よくご存じなゲームかと思います。

検索してみれば解ると思いますが、どこのレビューでも「クソゲー」の文字が踊っている作品です。
ガルと同時期に存在したゲームで、ガル以上に出来の悪いゲームなど幾らでもありますし、
正直、私自身はこのガルがそれほど出来が酷いゲームとは思えないのですが……
何故ガルだけがこれ程までにクソゲーとして有名になってしまったのでしょう?

本来、ゲームとして駄作であるか否かの判断は、
「同時期にあった、同ジャンルのゲームと比較して、駄目だったのかどうか」
で判断しないと評価を誤ります。例えば、現代の最新型自動車と昔のT型フォード車を比較して、
「T型フォードは性能が悪いからクソ」と判断するのは愚かな行為でしょう。
「それ」が誕生したときの歴史的経緯や意味を考えなければ正当な判断は下せません。
現代的な価値観で、過去のゲームのグラフィックやシステムを判断し、
それを持って「駄目なゲーム」と評価するのはあまりにも不当。

しかし、多くのクソゲーレビューサイトでは、
現代的な価値観をもって、一部のゲームばかりが過剰なほどクソゲーと騒がれ、
取り上げられたゲームは、多くのレビューサイトで、同じ様な論調で笑いもの
にされています。
何故、標的にされるゲームとされないゲームがあるのか?
何故、そう言ったゲームレビューの論調はどれもワンパターンなコピー・ペースト記事なのか?

この「頭脳戦艦ガル」と言うゲームをだしにして、上記のようなクソゲーレビューへの疑問点や、
ゲームレビューサイトの運営、ゲームレビューの際に陥りやすい過ち……等の事柄を、
色々と語ってみたいと思います。私AN-510も、レトロゲームのレビューと、
攻略を扱うWebページを開設している身ですので、その運営に対する自戒の意味を込めて。

さて、本コラムの前編では具体的にガルのシステムや、その当時の時代背景等から、
「本当に中身のないゲームだったのかどうか?」を検証したいと思います。
次回を予定している「後編」では、ガルが与えたレビューサイトへの影響や、
ゲームレビューサイトの在り方などを語りたいと思います。

ともにかなり長くなると思いますので、
ウンザリした方はすみやかに待避して頂きますようお願いいたします……




◇ 『ガル』とは何だろう?

「頭脳戦艦ガル」はデービーソフトから、任天堂のファミリーコンピューター用ソフトとして、
1985年12月に発売された縦スクロール式のシューティングゲームです。
なお、デービーソフトはゲーム以外にも、ビジネスソフト方面でもソフト開発を行っており、
ガル以外にはアクションパズルゲーム「フラッピー」(後にファミコン用としても移植されました)や、
筆者AN-510も愛用していたワープロソフトP1EXE等が有名です。

外観は完全に「シューティングゲーム」にしか見えない。
内容もまさにシューティングであり、特に際だって駄目な点はないのだが……

最大の問題とされるのが、この誇らしげな、
「スクロール・ロールプレイングゲーム」の表示。
しかし……

では本作、頭脳戦艦ガルのゲーム内容はと言うと……

舞台は惑星ジスタスと惑星ガーネットスターとの間で起きた星間戦争。
互いに膠着状態が続く中、ガーネットスター側は遂に最終兵器である「ドラッグ」の開発に成功。
このままでは惑星ジスタスの一方的な敗北は免れない為、
ジスタス軍は「ドラッグ」の破壊を試みるべく、決死の作戦を立案した。
それは戦闘機単機で敵の防御網を突破し、奇襲攻撃を仕掛ける事。
任務に選ばれたのは、惑星ジスタスの名を冠した最新鋭戦闘機「ジスタス21」
歴戦の頭脳戦艦「ガル」は、ジスタス21を載せ、ドラッグを目指して出撃した
……と言うもの。

ゲームとしては、一般的な縦スクロールシューティングゲームを踏襲し、
地底、コア(基地内部)、宇宙の三つのエリアに別れた全30ステージを巡りつつ、
各ステージにあるエネルギーパーツを回収し、最終兵器「ドラッグ」を破壊するのが目的。
他のゲームにない特色は、自機であるジスタス21は敵機を200機撃墜するごとに、
一段階ずつパワーアップする
と言う点や、(ミスすると、パワーアップは一段階下がる)
地底のエリアでは分岐点があり、自分の意志で進むステージを選択できるという点がありました。

そして、「ガル」が語られる時に指摘される代表的な特徴としては、以下の二つがあります。

■ その1
1985年代のシューティングゲームとしては、
珍しく「エンディング」があったものの、それを見るためには
エネルギーパーツを100個集めて、最終面をクリアする
と言う困難を乗り越えねばならなかった。

■ その2
実質的に単なるシューティングゲームであるにも関わらず、
スクロールRPGと言うジャンル表記がなされている事。

これ以外は極めて普通のシューティングゲームであり、
ファミコンで発売された他の同世代シューティングゲームと比較して、
さほど劣った面は見られないのですが……
果たして、レビューサイトではガルのどういった部分が非難されているのでしょう?




◇ ガルは何故多くの人から非難されるのか? 何が問題なのか?

このガルはまるで「クソゲーの名を知らしめたソフト」ように語られています。
ガルより酷い内容のゲームはあるにも関わらず、ガルの知名度は圧倒的です。
本作は多くの場所で嘲笑されていますが、概ね、何処のレビューも同じ様な論調で、
・シューティングゲームなのにスクロールRPGとはお笑いである
・パーツ100個集めるなんて正気の沙汰じゃない

この二点をもって突っ込み所、叩き所にされています。

まず初めの「スクロールRPG」と言うジャンルでありますが、
ドラゴンクエストで初めてRPGを知ったと言う人の方が多数派とも言える80年代。
RPGと言う表現が一般に市民権を得ていなかった(特にファミコンゲームにおいて)あの時代。
今の価値観を持って笑いものにできるのでしょうか?

例えば、1986年にスクウェアから発売されたキングスナイト(※11)も、
フォーメーションRPG と言う表現がなされています。
ガルがスクロールRPGと言う名乗りで失笑されるのなら、キングスナイトもまた同様の筈。
やってみればわかる事ですが、キングスナイトは単なる出来の悪いシューティングゲームです。
キングスナイトは敵を倒すことで成長すると言った要素もないので、
(キングスナイトは「地形を破壊」する事で出現する「パーツ」を取る事でパワーアップする。)
現代の日本的な意味でのRPGとしてはある意味ガル以下です。

パーツ100個に関しては、確かにゲームを始める前からウンザリする要素ではあります。
実際にガルを終わらせるためには数時間がかりの大仕事になる訳ですが、
これも、後発のRPG要素を含んだシューティングゲーム「スーパースターフォース」(※1)など、
完全クリアの為にはパーツ100個所ではない、大変な労力を要するゲームがあります。
パーツに関しては後述しますので、今のところは取り敢えずこの程度で。


そしてこの二大突っ込みポイント以外には、
概ね以下のような部分が指摘される事が多いようです。

・エリア1は地底で、壁に激突してやられるケースが多く、理不尽。
あの当時、「地形そのものがトラップ」だったゲームは普通に存在します。
横スクロールではありますが、スクランブル(※2)は敵を倒すことより
「地形を避けること」の方が余程難しいシューティングでした。
斜め視点のザクソン(※3)も、地形によるトラップは当然のようにあります。
80年代当時のシューティングゲームとしてはそれほど理不尽とは思えません。

・タイトルにある頭脳戦艦ガルが出てこない。
頭脳戦艦ガルとは、自分が操る戦闘機「ジスタス21」の母艦と言う設定で、
ゲーム中には登場しませんが、それをもって問題点とするのは言いがかりに等しい所行でしょう。
ゼビウス(※4)などは、自機の名前はソルバルウ。
ゼビウスと言う名称は敵軍の名称であり、敵軍の黒幕である「ガンプ」はゲーム中登場しません。
スターフォース(※5)の敵軍中枢「ゴーデス」もゲーム中には出現しません。
ストーリーで「ゴーデスを倒せ!」と煽っているにもかかわらず、
浮遊大陸ゴーデスの謎はゲーム中に明らかにならないのです。
あの当時、タイトルやゲームの設定上に登場する存在が、
ゲーム中には登場しないなんて事は珍しくもありませんでした。

・音楽が貧弱である。
ガルはステージや自機のパワーアップ形態によって変化があります。
しかし名作・ゼビウスは基本的に一曲だけです。
スターフォースも通常とパーサー(パワーアップアイテム)装着時、
エリアターゲット出現時とラリオス登場時くらいしか変化がありません。
もちろん、当時のアーケードゲームと比べれば問題外の出来ですが、
当時のファミコンシューティングゲームと比べて、
「ガルは音楽が貧弱」と言うのはあまりに不公平でしょう。

・パーツ100個の収集が面倒。エンディングが簡素すぎる。
名作と言われるゼビウスもスターフォースもループゲームであり、所謂「エンディング」と言うものは存在しません。
そもそも、自分が納得できる所までやるか、スコアがカウントストップするか、
ゲームオーバーになるまでやるのが当時のシューティングゲームのセオリーだった訳で、
あの当時のシューティングゲームにエンディングを求める事自体酷という物です。
ガル以後、1986年発売の銀河伝承(※6)やスーパースターフォース(※1)などは、
「地表に降りて探検する」と言うRPG的要素を加えたシューティング+RPGでしたが、
これらは共に難易度は半端な物ではなく、銀河伝承に到っては、シューティングシーンには緊迫感も爽快感もなく、
バグ満載で先へ進むことが難しい上、エンディングは「薬ビンを頭の上に掲げて、THE ENDとでるだけ」と言うもの。
ガルと比較して勝ち誇れるような内容ではありません。なお、パーツ100個に関しては後述します。

・エリア2、コアステージでフリーズするバグがある
これは弁解の余地がない問題点です。
ただ、言い訳をすれば、1986年発売の銀河伝承(※6)等、
ガルを超えるような酷いバグ満載のシューティングゲームは存在しております。

・グラフィックスが貧弱。
ガルのグラフィックスは、当時のファミコン用シューティングゲームと比較して、それほど劣ってはいませんでした。
無論、アーケードゲーム版のゼビウス等と比べれば天と地程の差がありますが、
ファミコン版のゼビウス等と比較して、それほどの差はありません。

・RPGと書いてあるのにRPGじゃない。
現代的視点で見れば異様なのは確か。しかし、これも解釈の違いでしょう。
前記しましたが、あの当時は、RPGと言うジャンル自体の解釈が不明確だったのです。
確かに笑えるジャンル表記ではありますが、これ故に「内容がクソ」とケチを付けられるいわれはないでしょう。

・根本的に単調でつまらない。
面白いかどうかの判断は主観的な所が大きく、そもそも、同時期のアーガス(※7)や、
ファミコン版のエグゼド・エグゼス(※8)と比べて、ガルが特出してつまらなかった、
ガルが極端にゲームとして劣っていた、と断言できるかと言うと……

概ねこのような調子で、頭から尻尾まで、ある意味言い掛かりのようなケチが付けられるガル。
多くのレビューサイトでは、ガルの優れた部分など無いような論調が殆どです。
では、ガルが他より優れていた部分は本当に無かったのでしょうか?




◇ 技術的観点から見たガル

あの当時、大半のシューティングゲームは、攻撃用の射撃ボタンをいくら連打しても、
実際にゲーム中の画面上に表示できる弾丸の数は3発程度が限度でした。
そのため、現実問題スターフォースなどで高橋名人の如く連射しても、
発射するビームの間隔が途切れ途切れになってしまいます。

つまり、画面に表示できる弾数が3発程度しかないので、あまりムキになって連射すると、
「タタタッ……タタタッ」と言う感じて、 まるで「3点バースト式の銃」の如く、
3発の弾が重なって発射され、連射している意味がなくなってしまうのです。
そのため、「シューティングゲームは連射が重要!」と言われながらも、
実際は敵の多い場面では下手に連射しすぎると、弾幕が途切れて窮地に陥る場合があり、
下手に何も考えずに連射するよりは、ビームを途切れさせないように、
タイミング良くある程度間隔を開けて弾を発射し、「タタタタ……」と、途切れないように、
弾幕を張るように撃った方が実際は効率が良かったりする事がありました。

しかし、ガルの場合はその弾丸の表示制限が殆どなく、
連射すればするだけ、それこそマシンガンの如く弾丸を発射できるので、
そんな面倒な事を考えず、ただただ連射していれば良いのが爽快でした。
また、左右の弾丸が独立して当たり判定があるのも画期的でした。

ゼビウス(※4)もスターフォース(※5)も、自機のビームは射撃一回に付き、
見た目上は2発発射されているが、実際の判定は1発分で、
これでは見た目が2発でも、実際は巨大な弾丸が1発発射されているのと同じです。
解りやすい(?)ようにAAで現してみると……

=◆= ← これが敵で

┃ ┃ ← これが自機が発射したビームで

  ∧
┗□┛ ← これが自機と考えます

ゼビウス、スターフォース等の80年代の一般的シューティングゲームの場合
  ┃ ┃
  ┃ ┃
  ┃ ┃




    ∧
  ┗□┛
ゼビウス、スターフォースの場合。
画面上に表示できるビームは3発だけ。
3発撃ち切ってしまうと、後はその3発が画面から消えるまで、いくらボタンを押してもビームは出ない。

そのため、連射しすぎると弾幕が途切れてしまう。

=◆=
   * *

   ┃ ┃

     ∧
   ┗□┛
ゼビウス、スターフォースの場合。
二つあるビームのどちらか片方が当たった時点で、もう一方も消える。
見た目が二発なだけで、実際は一発と言う判定。

頭脳戦艦ガルの場合
   ┃ ┃

   ┃ ┃

   ┃ ┃

   ┃ ┃


    ∧
  ┗□┛
ガルの場合。
ビームの表示制限が少なく、
途切れることなくビームが発射できる。
     
=◆=
    

   ┃ ┃

     ∧
   ┗□┛
ガルの場合。
二つあるビームはそれぞれ独立して判定があり、
片一方があたっても、もう一方が外れていれば、それはそのまま飛んでいく。

これは1985年までのシューティングゲームとしては非常に画期的な試みで、
硬い敵でも、軸を上手く合わせて、2つのビームを同時に当ててやれば、
2倍のダメージを与えることが出来るなど、戦略性が増しています。

ファミコンシューティングでは最高傑作と名高いザナック(※10)ですら、
ビームの独立当たり判定は採用されておらず、やはり表示できる弾丸も一画面に3発でした。

その後、ガルに遅れながらも、スターソルジャー(※9)で弾丸の独立判定や、
画面上での弾丸表示制限の緩和が達成されましたが、
ファミコンシューティングの歴史的経緯で考えればガルの方が先です。

また、Aボタン=空中攻撃、Bボタン=地上攻撃 や、
Aボタン=メインショット、Bボタン=サブウエポン等と言った使い分けは当時もありましたが、
ガルでは、ビームのパワーアップ後はAボタンで通常の前方へ飛ぶビーム。
Bボタンで斜め前方に飛ぶビームが発射できる様になるなど、
ボタンでビームの射角を変えられると言う独自色の強いギミックが採用されていました。
現代の縦スクロールシューティングにおける、
Aボタンで強力だが幅の狭いレーザー、Bボタンで広角度のワイドショット……のような感覚です。

それから、地底エリアの最後に待ちかまえている「ステージ分岐」も、
1986年発表の「ダライアス」(タイトー)より先に実装していたシステムです。
(ただ、ステージ分岐システムは、ガル以前のゲームにも存在していた可能性があります……)

このように、システム面でガルは他より優れた部分や独自要素も大いにあった訳です。
しかし、これらの事がレビューサイトで語られる事はまずありません。




◇ では、何故ガルが非難されるのか?

今までガルの優位点を色々と書いてきましたが、
正直なところ、ガルが非難される要因は十分にあります。
ですが、これは技術的部分の問題ではありません。ゲームとしての完成度でもありません。
どちらかと言えば「誤った宣伝」「マーケティング失敗」が主な要因です。

ガルが不幸だったのは、プレイヤーに明確な目的と
エンディングの存在を与えてしまった事
に他なりません。

ゼビウスには緻密な裏設定があり、
スターフォースにも「浮遊大陸ゴーデスの謎」と言う設定がありますが、
ゲーム中にはこれらの謎、裏話は何も語られず、解決することはありません。
もちろんゼビウスの敵勢力の中枢である「ガンプ」はゲーム中に登場しませんし、
スターフォースも解説書に「ゴーデスを倒せ!」等と書かれていても、
実際のゲーム中にゴーデスは出現しません。
ただただ、延々とナスカ高原やら浮遊大陸をループしながら戦い続けるだけなのです。
80年代のゲームはこれが普通で、別に最終目標が無くてもおかしくない時代だったのです。
ですので、別に「ガンプが出ないからクソゲーだ!」
「ゴーデスを倒すエンディングが無いからクソゲー」等と息巻く人は殆ど居ませんでした。

それに、ゼビウスのエリアを全て走破できなかったユーザーは居たはずですし、
スターフォースでターゲット・インフィニティまで破壊できたユーザーも少ない筈です。
ですが、ユーザーは「このゲームはループゲームだから、自分が好きなだけやれば良い」
と考えていたため、序盤だけ適当に遊んでいてもそれで満足だったのです。
別にソルを全て出現・破壊する必要はありませんし、スペシャルフラッグも無視してOKなのです。
ヒドゥンやボーナスターゲットを撃ち漏らさずに全て破壊して進む必要もありませんでした。
「明確な最終目標」がなかったので、好きなだけ遊んで、好きなときにやめていたのです。

ですから、ガルも当時のシューティングゲームの例に倣い、
パーツ100個だの、最終兵器ドラッグだのは無視して、
単なるループゲームとしてとらえ、適当に遊びたいだけ遊べば良かった筈なのです。

……しかし、ガルはその自由な遊び方を自らの手で封じてしまいました。
それはパーツを100個集めるとゲームが終わるよと、
自ら宣伝してしまったためです。




◇ 目標を与えたため失敗したガルと、目標を隠すことで成功したスターフォース

例えば、名作と言われるスターフォースですが、
当時、隠しフィーチャーだった100万点ボーナス「クレオパトラ」を発見、
破壊できたプレイヤーは殆ど居ませんでした。
また、隠しボーナスキャラクターである「ヒドゥン」を全て発見、破壊するのも非常に困難でした。
ですが、それを指して「クレオパトラが出せないからクソゲー!」
「ヒドゥンの全破壊なんて無理!」と怒る人は居ないでしょう。
何故かと言えば、それらは隠しボーナスターゲットであり、
別に発見できなくとも、ゲームの中身には関係ない
ことだからです。

それと同様、ガルにおけるパーツ100個で出現する「最終目標ドラッグ」を、
スターフォースのクレオパトラ同様の隠しフィーチャー扱いとし、
「適当に好きなように遊んで下さい。
パーツを沢山集めるとボーナスが貰え、特別なイベントが起きるかも知れません。」

と言う表記にとどめておけば、これ程ネタにされることはなかったでしょう。

つまる所、説明書に……

敵惑星ガーネットスターを目指し、
ジスタス21は最新型頭脳戦艦「ガル」より出撃した。

なお、敵の秘密兵器「宇宙空間制御装置“ドラッグ”」を破壊すれば、
大きな戦果となり、莫大なボーナスポイントが得られるだろう。
「ドラッグ」の存在は秘匿されているが、我が軍の諜報部員の献身的活動により、
各エリアに存在しているエネルギーパーツが何かのカギとなっていることが明らかになった。
諸君等が「ドラッグ」の秘密を解き、無事に戦果をあげられる事を祈っている。


↑このような感じで表記しておき、ドラッグは「最終目標」ではなく、
単なる隠しフィーチャーとしてしまい、必要なパーツの数も秘匿してしまえば、
これ程目の敵にされて叩かれることもなかったでしょう。
各エリアクリア時に取ったパーツの数を表示させる必要も無かったのです。
そうすれば、単に発見するのが非常に困難な隠しキャラクターがいる、
普通のシューティングゲームとして評価された筈です。

それを、説明書の段階で最初から、
このゲームのクリアにはパーツ100個を集めるのが必須ですと表記してしまったのが、
ユーザーから「引かれた」大いなる要因と言えましょう。
パーツの収集なんてものを知らせなければ、初対面で引かれずに済んだものを……

ユーザーに「目的」を与えてしまった情けが裏目に出た訳です。

例えば「クレオパトラやヒドゥンを全て破壊しないとスターフォースはクリアできない」と、
クリア条件として「強制」されれば、当然スターフォースにも非難は集中したでしょう。
明確な「エンディング」の存在が、プレイヤーに「エンディングを見ないと終わった事にならない」
と言う強迫観念を植え付け、プレイヤーの自由な楽しみを奪ってしまうのです。

ここが人間心理の難しいところです。出現条件が非常に厳しいおまけイベントがあったとして、
最初から「無い」と思われていた物が突然発見されると「凄い!」と評価されますが、
最初から「ある」事が解っていると「なかなか出せないからウンザリする」と嫌がられるのです。

ドラクエの「小さなメダル」みたいなもので、あれは無理に集めなくても良いものですが、
あるとどうしても集めたくなり、取り逃がすといらいらしてくるのが人間心理。
本来「おまけ」だったものが、その境界を超え、「必須イベント」に近い物になってしまうのです。

他にもこの様な事例があります。
任天堂の携帯型ゲーム機、ゲームボーイの大ヒットゲームである初代ポケットモンスターには、
幻のポケモンと言われる「ミュウ」がいました。
「ミュウ」は本来データとしては存在しない筈のポケモンでしたが、
たまたまROMにデータだけ残っており、それがバグで表に現れてしまったのです。
本来「無い」と思われていた物が「あった」ため、皆が熱狂し、
多くのユーザーが「欲しい! 欲しい!」と、苦労もいとわず必死になった訳です。
……手に入れるためには途方もない苦労が必要にも関わらず。

ところが、その後のポケットモンスターシリーズでは、この事に味をしめた制作者側が、
こういった「幻のポケモン」を既定路線として当たり前のようにイベント化し、
毎回「最初から多くの人が存在を把握してるが、手に入れるのが難しい」と言う、
単に集めるのが面倒な幻のポケモンが増えていきました。そのため、近年の幻のポケモンは、
ユーザーに無駄な労力をかけさせる蛇足として忌避される事も多くなったのです。

「ない」と思われていた物が発見される事は喜びに通じますが、
「ある」事が解っているのに、それが手に入らないと、ユーザーは大きなストレスを感じるのです。




◇ 半強制的な無駄は許容できないが、自発的な無駄は楽しむのが人間

さて、ガルで100個のパーツを集めるには約数時間かかりますが、
同じくシューティングゲームのゼビウスで、
9999990点のカウントストップを達成するのには5〜7時間はかかります。
ですが、世の中には好きでゼビウスのカウントストップを目指し、
それを達成した事を自慢しているプレイヤーが結構居ます。
かかる手間暇、面倒くささ、時間の浪費で考えればゼビウスのカンストの方が遙かに上です。
それなのに、何故ゼビウスならこう言う労力が許されるが、ガルには許されないのか?

無論、ゲームの質、やっていて面白いかどうかと言うのも大きな要因ですが、
それは何よりもユーザーが自発的にやるか、強制的にやらされるかの差に他ならないのです。
ゼビウスのカウントストップは「必須条件」ではありません。
暇な人が好き勝手に、自発的にやっているだけです。
本当にそのゲームが好きな人が、好き勝手にやっているから許されるのです。
ちょっと遊んでみたいと言った程度のユーザーに、労力を強制させている訳ではないからです。

仮にゼビウスのインストラクションカード(アーケードゲーム筐体に張ってある説明書)に、
「カンストしないと、ゼビウスの真の秘密は明らかにされない」
と言ったフィーチャーが明記されていれば、恐らく周囲から非難されたでしょう。
これでは、ちょっと遊んでみたいと考えていたライトユーザーは、
プレイする前からウンザリして席を立つでしょう。困難な目標を「強制」されると人は反発します。

ガルの致命的失敗は、内容ではなく、
人間の心理に反して最終目標を設定して公表してしまった事に尽きます。
無理に終了させる必要のないシューティングゲームに、
「終わり」を造ってしまったのがそもそもの間違いでした。
基本的に他のシューティングゲーム同様、ただのループゲームにしておき、
「余裕のある人はパーツを集めてみよう。何かが起こるぞ!」と説明し、
誘導してやれば、こんな悪評からは逃れられた筈なのです。

そうすれば、大半の人はガルを普通のシューティングゲームとして適当に遊び、
暇な人は自発的にパーツを集め、ドラッグ破壊を目指したでしょう。
もし、終わりを造りたいのなら、ある程度難易度を緩和して、
初心者でもある程度の努力で報われる。上級者は終わりまでの過程で、
どれだけのスコアを出せるかを競ったり、道中の隠しフィーチャー捜しを楽しめる……
と言ったシステムにしておくべきでした。
(ザナック(※10)などはこのシステムです。)

……ですが、このパーツ100個と言うイベントを、
筆者の考え通り隠しフィーチャー化して秘匿したとしても、
ガルは所詮「比較的マシなシューティングゲーム」に過ぎず、他を圧倒する輝きはありません。
ある意味、悪評を受ける事がない反面、良い評価も得られず、
凡作として歴史の闇に消えたかも知れません。

次の章で、AN-510的なガルの評価・結論を出したいと思います。



◇ 結論として

さて、色々と長い間ガルを擁護(?)して来ましたが、
結論としてやはりガルは成功した作品とはとても言えないゲームであり、
所詮ゼビウス辺りの名作シューティングには及ばない作品です。
ゼビウスやスターフォースは国産縦スクロールシューティングゲームのパイオニア的存在ですが、
頭脳戦艦ガルは、そう言ったゲームに「独自の味付け」をしただけの亜種に過ぎないわけで、
亜種が本家を越える為には、相当に野心的なシステムを投入し、
それが広く受け入れられないと越えることは出来ないのです。

それに加え、ユーザーに無茶な目標を与えてしまい、呆れさせてしまったのが失態でした。
「プレイヤーを引き込ませることが出来なかった」と言う時点でゲームとして落第生なのです。
説明書を読んでウンザリするようなゲームではお話にならないでしょう。
ただ、これはガルがシステム的に劣っていた訳ではなく、
「商業的にミスを冒した」と言うのが正解に近いでしょう。
別にシューティングゲームとしてガルに不備があった訳ではないのですから。

と言う訳で、頭脳戦艦ガルはシステム面で他社製シューティングゲームに勝る部分もあり、
難易度、内容的にもさほど酷い部分はないものの、パーツを100個集めると言う、
『長大な目的の強制化』が原因でユーザーに引かれ、
良い評価は得られなかった佳作だと考えます。そして、あくまでも「佳作」であって、
クソゲーレビューサイトで嘲笑される程の酷いゲームではないと言えます。


今回の「前編」では、システム面からガルを検証してみました。
そして検証してみれば、技術面ではガルが他のシューティングゲームと比較して、
特に特出して劣った面は見られませんでした。
ですが、同時代の他のゲームは欠点の「お目こぼし」を受けているのに、
ガルだけが重箱の隅をつつくように欠点をえぐり出され、優れている部分は無視されています。
つまり「ガルはクソゲー」と言う「結論ありき」の姿勢でレビューや評価がなされている訳です。
何故これ程評価に「差」がついてしまったのでしょう?

次回、「後編」では、他にもっと酷いゲームがあるのに、
何故一部のゲームが目の敵にされるのか?
と言った疑問や、
こう言ったクソゲーと言われるゲームをレビューするサイトは、
何故コピー&ペーストして造ったように似通った内容なのか?等と言った、
レビューサイト側や、レビューを書く側のメンタル的な部分を検証したいと思います。



〜 資料集 〜

※1 スーパースターフォース
1986年にテクモからファミリーコンピューター用に発表された、スターフォースの続編。
前作で謎のままだった「ゴーデス」の秘密を暴くべく、時空移動を可能にした新型戦闘機を駆って、
時間を遡りながらゴーデスの謎に迫る……と言うストーリー。
本家であるテクモから発表された、正当な続編なのだが、内容はシューティング+RPGと言う構成で、
純粋なシューティングゲームとは言えなかったため、同年に発売された、ある意味「正当なスターフォースの続編」
とも言うべき、ハドソンのスターソルジャーの陰に隠れる形となった。
基本的に銀河伝承と同じシステムを使用しているものの、流石にしっかり造られており、致命的なバグはない。
ただ、こちらはROMカセットのゲームだったため、データのセーブが出来ず、ゲームの攻略は非常に困難だった。
また、マルチエンディングを採用しており、完全なエンディングを迎える為には、途方もない手順が必要で、
本作を攻略本なしに完全クリアした人は数少ないと思われる。本作の解法が、ファミマガ別冊の「大技林」に、
「裏技」として紹介されている所からも、本作の難易度はご理解いただけるだろう。

※2 スクランブル
1982年にコナミから発表された横スクロールシューティングゲームの雛形的存在。
複雑な地形をかいくぐり、前方へのショットと、下方への爆弾を上手く使い分けて最終エリアまで到達するのが目的。
後の横スクロールシューティングゲームに多大なる影響を与え、同社から発表されたグラディウスシリーズの祖先とも言うべき存在。

※3 ザクソン
1982年にセガから発表された、斜め俯瞰視点のシューティングゲーム。
移動方向は左右と上下の高度差と言う特殊な操作形態。
基地の内部の壁やバリアーをかわして進むのが難しく、壁にぶつかってミスになる事も多い。
シルフィード(ゲームアーツ)の基地内部面は明らかにザクソンの影響を受けていると思われる。

※4 ゼビウス
1983年にナムコより発表された、縦スクロールシューティングの記念碑的存在。
空中の敵を攻撃するザッパーと、地上の敵を爆撃するブラスターの二種類のショットを使い分けるゲーム性と、
「ソル」等の数々の隠しフィーチャーや、当時としては非常に迫力ある存在であった、
敵の巨大要塞アンドア・ジェネシスが大きな話題となり、大ヒット。
1984年に任天堂のファミリーコンピューターに移植され、これも大ヒットした。

※5 スターフォース
1984年にテーカン(現テクモ)から発表された、縦スクロール型のシューティングゲーム。
射撃用のボタンは一つしかなく、一種類のビームで空中物、地上物の区別無く破壊できるのが特徴で、
簡単で爽快感が味わえる反面、地上物にビームが遮られて空中の敵が破壊できないなどの理不尽な現象も起きた。
(ただし、本作では、その理不尽さを逆手に取って、上手くゲーム性に昇華している。)
近代縦スクロールシューティングゲームの雛形的存在で、ガルも相当な影響を受けたと思われる。
なお、アーケードではゼビウスに圧倒され、さほどの人気は得られなかったのだが、
1985年にハドソンによってファミリーコンピューターに移植され、それが大ヒットし、
ハドソン自身も大きな販促を行い、全国規模のゲーム大会などを積極的に行ったため、
スターフォースの名は全国に知れ渡った。アーケードよりもコンシューマーで名を上げたソフトである。
なお、この影響から、スターフォースのシステムをそのまま受け継いだゲーム「スターソルジャー」は、
テーカン(テクモ)ではなく、ハドソンから1986年にファミリーコンピューター用として発売されることになった。
アーケード用としてスターフォースの続編が出たのは1992年のことであり、実に8年の月日を必要とした。
しかし、このテクモからの正当な続編たる「ファイナルスターフォース」は凡作で、評判にもならずに消えていった。
スターフォースシリーズは、アーケードではあまり日の目を見ることが無く、コンシューマー方面で輝いた作品と言える。

※6 銀河伝承
1986年にイマジニアから発表された、シューティングゲームにRPG的成長要素や、
探索要素を組み合わせた任天堂のディスクシステム専用の野心作。
6つの惑星を巡って、故郷に蔓延した奇病を治療するための薬を探し求めるというストーリー。
縦スクロールシューティングステージで資金を稼ぎつつ、惑星間を進み、
惑星に着陸すると、ゼルダの伝説のようなアクションRPGになるというシステム。
しかし、肝心のゲームの中身は致命的なバグだらけで、すぐにゲームが止まったり、
止まるどころかゲーム続行不可能な状況にハマってしまったりする為、未完成品に等しい出来だった。
また、パッケージイラストは、当時SF漫画などで有名だった岡崎つぐお氏を起用し、
製品には歌手、荻野目洋子によるイメージソングや、ゲームのストーリー仕立てになったカセット文庫
(今で言う所のドラマCD)や、小説などが添付されており、声優や歌、挿し絵などでゲームの中身を誤魔化す、
粗悪なメディアミックス商品の魁的な存在とも言える。壮大なバックストーリーはゲーム中では表現されず、
もっぱら、付属品のカセット文庫と小説で補完するしかなく、ゲーム内にエンディングはないも同然で、
しかも、エンディングの詳細な話は、付属の小説に全部書かれているという始末。
なお、シューティング+平面図式RPGと言うシステムは、スーパースターフォースに受け継がれた。

※7 アーガス
1986年にジャレコから発表された、パワーアップや合体ロボットなどのフィーチャーを売りにしたシューティングゲーム。
ファミコン版とアーケード版がほぼ同時期に発表された。
自機はつねに画面中央に位置し、動く際は画面がスクロールすると言う、
一人称視点に近い操作感覚と、エリアによって自機の攻撃方法が変化するのが特徴で、自機の操作が難しい。
また、地形にぶつかってもミスとなるため、難易度は非常に高く、序盤こそ楽な展開だが、
中盤からは初心者では手に負えないレベルになる。特に有名なのはエリア最後の着艦シーンで、
ほんの僅か操作を誤っただけで失敗してしまう高難易度を誇る。
(ただし、着艦シーンで失敗しても、ゲームオーバーになるわけではない。)

※8 エグゼド・エグゼス
1985年にカプコンから発表された、縦スクロールシューティングゲーム。
スターフォース式のシステムを採用し、アンドアジェネシスの様な巨大要塞を次々と攻略して行くのが売りと言う、
ある意味ごったにの様なゲーム。最大の特徴は「2人で同時にプレイ可能」と言う点だったが、
それも、同年にコナミが発売したツインビーの完成度には及ばず、本作は大ヒットとまでは到らなかった。
また、アーケード版はともかく、同1985年に徳間書店によって移植されたファミコン版は、
展開が単調で、画面のちらつきが酷く、お世辞にも良い出来ではなかった。

※9 スターソルジャー
1986年にハドソンからファミリーコンピューター用に発表されたシューティングゲームの傑作。
当初はこちらが「スーパースターフォース」と言う名称だったが、同時期にソフト開発をしていたテクモとの折半で、
こちらがスターソルジャーと改名して発売された。(後にテクモからスーパースターフォースが発売された。)
スターフォースのシステムを継承しつつ、グラフィック、BGM、システムなどあらゆる面でパワーアップがなされており、
当時の流行だった隠しフィーチャーも多数仕込まれ、理想的な縦スクロールシューティングゲームに仕上がっていた。
前作同様、本作もハドソンが大々的に販促や全国大会を行い、人気を博した。
「地形の下に潜り込める」フィーチャーが蛇足だったと言われる事もあるが、
それを差し引いてもファミコンのシューティングゲームとしては、比類ないほどの完成度を誇っている。

※10 ザナック
1986年にコンパイルが開発しポニーキャニオンが発売した縦スクロールシューティングゲーム。
ファミリーコンピューターディスクシステム用と、ホビー向けPCであったMSX用の二種が発売され、
後に海外向けファミリーコンピューター(NES)のROMゲームとしても発売された。
基本システムはスターフォースを踏襲し、エリアの要所要所に配置された敵要塞を攻略しながら、
12のエリアを突破するのが目的。ループゲームではなく、最終要塞を撃破するとそこでエンディングとなる。
ステージ(時には同一ステージ内ですら)によってスクロール速度が極端に異なり、驚くような高速ステージや、
非常にスクロールの遅いステージがあり、高速ステージでは空中の敵と激しい空中戦が起こり、
低速ステージでは地上からの攻撃が激しくなると言う、緩急のついた展開は、プレイヤーを飽きさせない。
また、特筆すべきは通常ビーム以外に防御型、攻撃型など特色ある、
8種類のサブウエポンが存在し、それらが全てパワーアップし、多彩な攻撃を展開できる点。
要塞との戦いでは、停止した画面での長期戦となる為、装備したサブウエポンによって難易度が大きく変わる。
プレイヤーの戦略眼が要求される為、単純な連射ゲームで終わらない、深みのあるゲームに仕上がっている。
メリハリのある展開とスムーズなスクロールによる、シューティングの爽快感とスピード感、
そして戦略性も見事に組み合わされており、80年代のコンシューマー向けシューティングを代表するような作品。
本作をしてファミコンシューティングゲームの最高傑作に上げる人も少なくない。

※11 キングスナイト
1986年9月に発売された、栄えあるスクウェア初のファンタジーロールプレイングゲーム。
ドラゴンクエスト4(ただしPCゲームを含めるならクリムゾン2の方が先)に先駆けて
「5章仕立ての個別イベント方式」を採用しており、
1面〜4面までは騎士、魔法使い、盗賊、魔獣と言う4体のキャラクター個々の旅立ちのシナリオとなっており、
彼ら一人一人を操って能力を成長させる。そして最終5面で、4人の勇士が結集してパーティを組み、
ドラゴンを倒して姫を救うという斬新なシステムになっている。



……と聞くと立派なゲームに聞こえるが、その実体は単なるシューティングゲームである。
正確にはダメージ制を採用した強制縦方向スクロールの人間型自機のシューティングゲームである。
(今で言うところの式神の城やエスプレイド、エスプガルーダ等と思っていただければ分かり易い。)
人間型の自機を上下左右に操作し、ボタンでショット。
マニュアルには「RPGだから主人公が成長する」と説明されているが、実際にはRPG的成長要素は皆無で、
自機のパワーアップには壁を破壊する事で現れるパワーアップパーツを取ることで行う。
パーツを集める事でショット攻撃力や移動スピードなどの自機の能力がアップするのだ。

最終的に5面で4人が集まるのだが、先頭にいる者しか攻撃できないため、
4人集まった意味はなく、単に自機の切り替えができると言うだけの代物である。
しかも、4人集まった所為で当たり判定が4倍になり、攻撃を受けやすくなっている。

ただ、ゲーム中に性能の異なる自機を切り替えながら進んでいくと言うシューティングゲームは、
この当時にしてはそれなりに斬新だったのは事実であるので、この点に関しては認めるべきだろう。
……だがしかし、本作では自力でフォーメーションを変えることは出来ず、
地面に置いてある「フォーメーションチェンジアイテム」を取ることでしか、
先頭キャラクターを変えることが出来ないため、非常にストレスを感じる。
本作ではBボタンは魔法の使用ボタンなのだが、Bボタンをフォーメーションチェンジ、
ABボタン同時押しで魔法とでもしておけば、余程マシなシューティングゲームになっただろう。

外観からはシューティングゲーム的要素はまるで感じられない。
パッケージ裏のゲーム画面も、普通のファンタジーRPGに見える。
説明も「4人の勇士が4つのステージから現れて、
フォーメーションパーティを作り、姫を救う!!
」とある。
これを読んでシューティングを予想できる人の方が少ないだろう。
だが、キングスナイトの内容は完全にシューティングゲームである。

ガルは(ファミコンゲームとしては)RPG明瞭期であるドラクエ以前のゲームであるが、
キングスナイトはRPGを世間に広めたドラクエ以後に発売されたゲームであり、
その点、ロールプレイングと称しながら中身がシューティングと言うガル同様の存在としては、
時系列的に考えてガルより余程タチが悪い。

ガルが正面切ってプレイヤーを殺す「爆弾」なら、キングスナイトは騙されて殺される「地雷」と言えよう。
キングスナイトはガルと異なり、知名度が低かったのでさらし者にされずに済んだのである。


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